『砂の器』(1974)を観て。2019.9.24

これまで原作を映画化した作品を面白いと思ったことがない。本日、例外に巡り合えました。

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松本清張原作『砂の器』(1974)

<国鉄蒲田操車場で身元不明の撲殺死体が発見される。捜査は難航を極めるが、ベテラン今西刑事と若い吉村刑事の追跡により、ひとりの天才作曲家が捜査線上に浮かび上がる―。>(解説より) 

 

午前十時の映画祭でやってるとのことなので観てきた。学生は500円。Huluでも観れるらしいけれど、やっぱ映画館じゃないと。でも思い立ったのが上映開始の1時間前。時間ギリギリで劇場に入る。見渡せば60代70代とかなり高齢な人たちばかり。しかもおばさんが多い。松本清張って女性ファン多かったか?なるほど加藤剛目当てか。たしかにあの人はカッコ良い。そんなこと考えながら席に着いた。

 

以下、感想

 今まで観てきた映画の中で五本の指、いや1番かもしれない。それぐらい衝撃的な作品だった。映像だから伝えられる間合いや表情が緊迫した情景を描き出し、観る者の胸を打つ。特にラスト40分は構成の妙が光る。名脚本家の橋本忍だからこそなせる業か。「これだ!これこそが映画だ!」と思わせてくれた。

 

 松本清張といえば社会派推理小説家として戦後社会の暗部を鋭く描いたことで知られている。だから読んでいても怖かったし、この世で一番恐ろしいのはやっぱり「人間」だということを教えられた。自分はこれまで怖いもの観たさに読んでいた面が強かった。でも社会の底辺(言葉が適切ではないかもしれない)にいる弱者の怒りや哀しみに光を当て、強い社会的メッセージを伴ったのが清張の作品ではないだろうか。清張の紹介でこのことは良く言われているけれど、今日の鑑賞で実感を持つことができた。 『砂の器』でいうと光を当てる対象が「病の父と子」だろう。この病が当時「らい病」と呼ばれたハンセン病のこと。高度経済成長に邁進し、日本が元気だった時代にあって、翻弄されて宿命を背負っていかなければならない人たちがいたことを忘れてはいけない。昭和ノスタルジーに浸る前に記憶しておかなければならないことがある。

 

 ここでハンセン病のことについて。ハンセン病は1960年ごろには隔離は不要とされたのに、打ち切られたのは96年で40年近くが経過していた。このことはいかに差別や偏見が根強く残り続けるかを示している。もちろん今では隔離政策は行われていない。しかし、回復者たちとその家族の苦しみ・哀しみが解決したわけではない。時間が経っても影響を及ぼし続ける差別や偏見をなくしていくには今ある社会、そのありようを常に見つめ直していくことが欠かせない。そうすれば、自ずと今が過去の結果であることがわかる。『砂の器』は社会を見つめ直すことを観客に求める作品だと感じた。また、人道主義には暴力性が潜んでいることも指摘しておかなければならない。実際、ハンセン病も患者救済を謳って療養所が開設された。療養所の名前に「愛」や「楽」などの文字が使われていることからも分かるようにあまりに欺瞞に満ちた政策であった。慄然とする。旧優生保護法も同様であることは周知の通りである。人道主義が支配と抑圧に帰結する恐れがあるというのは心に留めておかなければならない。

岡山や香川にもハンセン病の療養所があり、最近では資料館の展示のみならず芸術祭も行われている。「ダークツーリズム」のような産業化した形で消費するのではなく、元患者たちの声に耳をすますために訪れたい。

 

 水俣病患者たちの苦悩や希望を彼らになり代わったかのように書かれた作品に苦海浄土がある。薄っぺらな共感でなく告発文学でもない。松本清張石牟礼道子の根底にあるものに似たようなものを感じる。文体も違えば人も全く違うのだけれど。

 

と、よくもまあこうダラダラと綴ってきたけれど、身構える重さの映画じゃないし、ぜひ観て欲しい。最後に空聞きしたおばさんたちの鑑賞後の感想で締めくくることにしよう。「やっぱり加藤さん、かっこ良かったわね。」やっぱり思った通りだった。

 

 加藤剛さんを知ったのはある記事を読んだから。文から滲み出るヒューマニズムを感じた。下の記事は有料だから読めないかもしれないけれど、大学図書館や市立図書館なら読めると思う。次の午前十時の映画祭は『スティング』。録画したものを家で観たけれど今度は映画館で観よっかな。

 

結愛さんの虐待に涙し、子どもの泣き声に不寛容な社会:朝日新聞デジタル

 

 夜になると肌寒い季節になってきた。そろそろ半パンとはおさらばかな。 

 

音楽の秋、スポーツの秋、読書の秋、旅する秋そして卒論の秋?学生最後の秋、もっと楽しも